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連載もの

夫からある日突然、離婚を突き付けられた。
その直後から子どもと私は、私の実家に帰された。
夫はそれからしばらく音信不通になった。
音信不通が続くある日、義母から電話があった。
義母の名前が表示された瞬間、呼吸が止まった。
「出たくない」
強烈にそう思った。でも同時に
「出なければ、前に進めない」
そう思った。
表示された名前を見つめたまま数コール見送ったあと、意を決して通話ボタンに指を置いた。
謝罪くらいはあるだろうという、淡い期待は即座に流れ込んできた義母の声によって砕け散った。
途中からつけたラジオのように、脈絡がつかめない私を置いて義母は話し続けていた。
興奮して息が荒く、挨拶さえなかった。
相槌を打つ暇もなく、言いたいことを怒涛に投げられ続けた。
それでも始まりは、私の状況を理解しようとする言葉が並べられていた。
それでも、私が悪いことは前提のうえでの言葉だった。
何がスイッチとなったのか、話し続けている義母の温度が変わり始めたのを感じた。
気が付けば責め立てられている言葉が全開になっていた。
その時点でも私は、「でも、私も初めての子育てで不安なんですよね…」くらいしか発言していない。
「結婚式の前日に別れたいと息子から言われて“私が”「せめて結婚式はしなさい」と止めてあげたのよ。それからうまくいっていると思ってた。なのにどうして…」
「あなたは強くて賢いからひとりで(子育てしても)大丈夫。それにご両親ももう定年退職で時間があると思うし…」
初めて聞く話だった。
今の状況とあまり関係のない義母の感情交じりの主観。
きっとこの電話は、これが言いたくてかけてきたのだろうと思いながら、
「新生児を抱えた私に言う言葉ではないな」と思った。
言い返す気はなかった。
受け取る気もなかった。
「新生児に対する言葉は、いつか出てくるのだろうか」
それだけを待っていた。
一瞬の沈黙が、こちらのターンを知らせる合図かと思った。
ようやく落ち着いたのかと、発言しようとしたとき。
「あなた、妊娠中に息子と“夫婦の営み”はした?息子は「してない」と言ってたわ。男性はね、そういうときでもしたいの。息子が離婚したいはそれも原因と思うの。」
当時、産後約2カ月になろうとしていた時期だった。
出産後「お疲れ様」の言葉もなければ、新生児の様子をうかがう言葉さえない。
20歳をこえた息子を、全力で守ろうとする義母の姿。
この電話で分かったことはそれだけだった。
義母の私への不満をぶつけられただけのその時間。
話は何も進まなかった。
「こんなことなら、電話を取らなければよかった。」
その想いだけが電話を切った後も残った。
息子が可愛いのはわかる。
でも私は、この女性のような親にはならない。
この日、そう誓った。
もっとも、なりたくてもなれないだろう。
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