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連載もの

・vol.1 ―再出発―
→離婚直後の行動や面会交流の話
・vol.2 ―整い始めた生活―
→シンママの保育園入園の話
・vol.3 ―シンママの仕事と生活―
→パート先での葛藤と生活維持の話
・vol.4 ―シンママのお金事情―
→保険やお金に向き合う話
小規模保育園を卒園する頃、元夫から「面会をしたい」と連絡がきた。
彼はどんな顔で、どんな気持ちで来るのだろうか?
前回来た時よりも、何か引っかかるものがあった。
離婚直後の面会から、約1年半が過ぎていた。
その少し前から、養育費を減額してほしいと連絡が来ていて、理由を言われるたびに弁護士に相談をした。
そのたびに「減額理由に該当しない」と返信をし続けた先での面会の話だった。
当日は、子どもへの誕生日プレゼントを持って現れた。
「パパ!」
息子は「来たよ」という私の言葉とともに、覚えてはいないであろう男性に一直線に駆け寄った。
ちょうど息子が
「パパと一緒に暮らしたい」と主張し始めた時期だった。
駆け寄ってきた息子に驚いた元夫は
「俺の顔見せてたの?なんで知ってるの?」と言った。
写真を見せたような気もしたが、おそらく私が「あの人だよ」と言ったから純粋に走ったのだろう。
息子は人見知りをしない。
子どもを遊ばせながら、口を開いたのは元夫だった。
「車ぶつけられちゃってさ。」
養育費減額のひとつの理由として前に聞いた話だった。
「廃車にするんだけど、そうなると全額は出ないって言われてるんだ。」
やっぱり純粋な気持ちで子どもに会いに来たわけではない。
私は、「幼稚園入園のための準備でお金に余裕がない」と断った。
こういう時、いつも思う。
養育費は子どものためのお金であり、それに使っている。
ちゃんとした理由はあるのに、
断った私の方が悪者のような気持ちになるのはなぜなのか、と。
その日の夕方、私の外せない用事があり閉店を待たずに切り上げた。
彼はいつも不幸そうな顔で私の前に現れる。
自分がやりたいようにやっているのに、どうしてもっと明るい顔でいられないのだろう。
ほっとラインで話を聞いてもらったとき、
「それはあなたの見え方でしかない」と言われた。
なるほど、と目からウロコが落ちた。
たしかに私は彼を、出会った頃のような目で見ることが出来なくなっていた。
小規模保育園から、幼稚園に入園した。
保育園ならシングルマザーは無料になるのになぜ「幼稚園」なのかと聞かれることがよくある。
理由は3つ。
新しい保育園を探すために、また区役所で申請の必要がある。でも正直、それをする気力がなかった。
(待機児童が割といる地域だった。幼稚園なら指定日に願書の申込完了出来れば入園できる)
妊娠中から、幼稚園に入りたいと元夫に豪語していたことがひとつ。
(99%が意地でしかない)
そして一番の理由が、できるだけ多くの体験をさせるため、幼稚園がいいと判断したこと。
実際息子の通う幼稚園では、たくさんの体験学習がある。
毎日5分の英語の時間と、月に一度の英語の先生との交流、リトミック・体操教室・陶芸教室・田植え…など。
少し遠出の公園やほたる館、プラネタリウムや博物館などの園外保育も頻繁に行われる。
いろいろな体験の中から、興味あることを発見して深めて欲しいと思っていた。
気がつけば、たくさんのことに興味を向けるようになっていた。
保育園の卒園式・幼稚園の入園式を経て、私は父親不在のまま行事に参加することに何の抵抗もなくなっていた。
身体より大きめのピカピカの制服。
体を後ろに反らせて抵抗しながら、先生に手を引かれて入場する姿。
それでも私の姿を探して振り返ることはなかった。
その後ろ姿に、「よくここまで来たな」と涙が落ちた。
年少の1年間。
運動会・劇遊び・音楽会・マラソン大会…。
誰かに勝つことよりも、
隣で同じように頑張っている子の方を見ていた。
その姿が、なんだかとても息子らしかった。
何を大事にしてもいい。
ただ、そこに立っている姿が、私を励ました。
幼稚園に入園したすぐの時は、毎日の子どもの様子が全く報告されないことに驚いた。
同時に、朝食・起きた時間・ご機嫌・体温の報告をしなくて良くなったことに安堵した。
元夫に、私もお金が足りないと伝え続けた結果、
「このままでは、俺たち共倒れするね」
と言っていたので、養育費減額を諦めたと思っていた。
これから減額に向けてアクションを起こそうとしているとは知らず、
この後のことを疑いもしなかった。
このままで、十分幸せだった。
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