シングルマザー、はじめました。vol.3 ―シンママの仕事とお金―

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慣らし保育が終わり全日保育になって少し経った頃、仕事のひとつが契約を終えた。

その分少し時間に余裕が出来た。

在宅勤務のため、仕事で連絡を取るときはほとんどがメール。

保育園の先生や子どもに話しかける以外、会話をしない生活。

外に出て大人と話したいと思い、パートを始めた。

日時の都合の柔軟性、楽しさを重視して「イベントバイト」で検索した。

ヒットしたのは、

10時~15時・平日のみ・週3日~OKのパート勤務。

条件が私に合いすぎている、とすぐにその会社へ連絡をし面接をした。

 

面接へ行き、仕事内容を聞くと私の思うイベントバイトではないことに気が付いた。

面接官は「営業職」を勧めてきたが、それなら入社はしないと頑なに断った。

「ポスティング」の要員として、お互いに合意しその日に入社を決めた。

面接官の表現はどこか曖昧で、仕事内容をぼかしているように感じた。

この時の違和感を理由に辞退すればよかったが、

その時の私は、久しぶりに子ども関連以外のことで人と話が出来たことと仕事が決まったことに浮かれていた。

 

入社日~約1カ月半、研修が行われた。

ポスティングだけなのに?そう思ったが、季節は真夏。

汗をかきながら外で活動するよりも、エアコンのきいた部屋で座学を勉強すればお金が発生する環境を「天国」と感じその疑問符を飲み込んだ。

研修内容は、保険と営業の基礎。

1か月後に、保険営業のための資格試験を取ることになった。

そのとき初めて、「とんでもないところに入社してしまった」と気が付いた。

その研修に参加する同期は10人程度いたことが救いだった。

入社動機や研修後の動きについて話し合う中で、私と同じように「イベントバイト」の文言に惹かれて入社を決めた人もいて笑いあった。

研修後、営業に回されるのでは?という不安を、同期と一緒に抱えながら1か月半を終えた。

その研修は学生時代を思い出させ、お昼にはみんなで雑談をしたり仲良くなった。

会社には失礼な話とは思うが、子どもが産まれて初めての自分のためだけの空間のように思えた。

 

研修が終わり活動が始まったころ、予想通り営業にならないかと毎日のように言われるようになった。

スーパーの場所を借りて、イベントブースを設置して勧誘のためにそこに立った。

それがこの会社の言う「イベント」だった。

そのことに気が付いたのは、ずっとあとだった。

ポスティングの仕事は研修後数回だけで、

気が付けば一軒一軒戸建てのインターホンを鳴らす「訪問販売」をするようになっていた。

 

営業職を避け続けてきた私。

なぜこんなことになったのだろうと自分を呪った。

何度も「辞める」と言っては上司と話合ったが、やめさせてくれなかった。

体調不良を理由に休みを頻繁にとった。

気が付けば出勤する日は週1日になっていた。

出勤前には、おなかが痛くなりトイレにこもった。

出勤前には職場から一番近いコンビニで、必ずトイレを借りたため出費が増えた。

お金のために働いているはずが、何をしているのか分からなくなった。

休んだところで何かが解決するわけではない。

胃の痛みは消えることはなく体重は減っていった。

体重の減少は嬉しく、もっと減ればいいと思っていたが、仕事をやめた後には元より太った。

 

こうして、イベントバイトを夢見て始めた8カ月の仕事を終えた。

そして思った。

外での刺激や学ぶことは楽しいけれど、行き場を間違えればストレスになる。

ストレスになれば、子どもに当たってしまう。

それだけはしないと決めて離婚したのに、それを守れない自分に仕事のストレス以上に苛立った。

お金を稼げばそれだけ選択肢は増えるけれど、

それを理由に子どもにイライラしていては本末転倒だ。

 

そう思ったとき、タイミングよく私の事情をする友人が仕事を紹介してくれた。

私の得意分野で、在宅ワーク。

そのおかげで、子どもとの関係を築きながら今日を生きることが出来ている。

 

お金か、生活か。

どちらかひとつを選ばずに、いいところ取りができる人になりたい。

あの頃の私は、その方法が分からずにもがいていた。

 

\続き準備中/

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この記事を書いた人

出来事と思考の断片を言葉にしている。
実体験をもとにした物語を連載中。

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