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連載もの

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幼稚園に入園してから、約半年間は慌ただしくも平和な日々を過ごした。
息子は、ある日突然
「パパの車はぶつけられて、なくなった」
と言ったかと思えば、パパの職業や居場所などをぽつりぽつりとつぶやいていた。
そして、「パパ、パパ」とつぶやくことが多くなっていた。
そんな日々の中、突然元夫からの通知。
恐る恐る開いてみると
「子どもの写真をいくつかもらえませんか?」
と書いてあった。
別居前には私が一方的に送り続けていた。
でも、やめてみたらどうなるだろうと思って実行したら
何も起きなかったから送ることをやめた。
ましてや、相手から言ってくることは初めてのことだった。
その時の私はなぜか、疑いもせずに
写真数枚と、数日前の運動会の動画を送信した。
「一番になることよりも、ゴールテープが気になる息子でした 」
というコメントと一緒に。
彼にしては返信が早く、「初めての運動会、お疲れ様」と返信が来た。
話を広げるつもりはなかったので、そのままスマホを置いた。
珍しく、もう一度元夫からの通知。
「実は、離婚後にご縁があった方と再婚をして子どもがいます。だから養育費を減額します。」
「は!?」
頭が真っ白になった。
息子をダシに使われた。
それ以外の言葉がなかった。
一旦落ち着いて弁護士に相談しようと予約を入れ、その通知を見なかったことにした。
そして翌日、また元夫からの通知が鳴った。
「都合が悪ければ、こちらで算定表を見てその額に沿ったものに減らします。」
聞き覚えのある、独特な言い回しにのどが詰まった。
そして、気が付けば全身震えていた。
「弁護士に相談するのでお待ちください。」
と返信して、話はいったん保留となった。
そのやりとりをしたちょうどその日、息子は
「パパと三人で暮らしたい」
と涙をにじませながら、初めてつぶやいた。
そしてその日を皮切りに、
「パパと三人家族がいい。」
「パパと住みたい」
と毎日のように私に言ってくるようになった。
そして1か月がたったある日、
毎日変わらないその言葉を、受け止めきれなくなった。
そして何かが切れて、気が付けば私は息子に叫んでいた。
「もう無理なの!」
気が付けば、墓場まで持っていくつもりだった言葉まで息子に投げつけていた。
魂が抜けたように固まったまま私を見ていた息子は、そのうちおもちゃを手に取って遊び始めた。
それからしばらく、息子はパパのことを言わなくなった。
「三人家族になりたい。」
その言葉をまた聞いたのは、このことがすべて片付きそうなときだった。
離婚成立から、たった2年半。
考えるだけで吐き気がした。
このままでは、最悪なことになりかねない。
自分を疑い始めた私は、
気が付けば、児童相談所に電話をかけていた。
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