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連載もの

毎朝の一杯のドリップコーヒーに、シワひとつないワイシャツ。
有名企業の役職者の彼は、いつも完璧に毎日をこなす。
彼といると、私もその「完璧」の一部になれたみたいで嬉しい。
安定と安心をいつもくれる。
久しぶりに、彼に誘われて少しおしゃれな場所でディナー。
その場所は、プロポーズにピッタリなロマンチックな場所。
期待しすぎないようにしなくては。
でも、もしもの時のために、
1本のバラをドライフラワーにして鞄にしのばせた。
楽しく食事をしたあと、運ばれてきたデザート。
「結婚してください」
渡された婚約指輪と12本のバラ。
完璧な彼の演出の締めくくりに、しのばせた1本のバラで返事を。
…
気が付けば、涙があふれていた。
この1本のバラを渡せば私の人生はもっと幸せな道になる。
この涙はきっと、嬉しくて流れたもの。早くバラを。
ふと見上げた彼の顔は、いつもより少しだけ余裕がないように見えた。
緊張?
でも、それだけではないような…。
その違和感を、放っておくことはできなかった。
「大丈夫?」
ふいに出た言葉が、彼の表情を曇らせた。
「しまった。」
そう思った。
でも、もう戻ることはできなかった。
「なぜ、君にはいつもばれてしまうんだろう。」
彼は、そうつぶやいた。
握りしめた1本のバラを、そのまま鞄に押し込めた。
テーブルの上の12本のバラが、静かに揺れる。
その意味を、私は知っていた。
だからこそ、受け取ることができなかった。
このまま一緒にいるべきではない。
「大丈夫だよ。」
そう言って、彼の言葉を待った。
残っていた、最後のドリンクを飲み干した。
彼が口を開くことはなかった。
きっと、それが答えなのだろう。
「今まで、ありがとう」
そう言ったが、彼にはもう届いていなかったようだった。
あの日から数年がたった。
私は別の男性と出会い、結婚をして、子宝にも恵まれた。
あの日の選択が、正しかったのかは今でも分からない。
それなりの幸せと不満を抱えながら、それなりに暮らしている。
それでも、自分を奮い立たせたい日には
ドリップコーヒーを一杯とシワを伸ばしたシャツに腕を通し、
背筋を伸ばして出勤する。
彼のかけらは、まだ私の中に。
未練がない、と言えば嘘になる。
でも、今の生活を手放したいと思ったことは、一度もない。
こっそりとそのかけらを取り出しては、元気を取り戻す。
誰に許してもらえなくても、
そんな私を私は好きでい続けたいと思う。
彼が今も、彼らしく完璧でありますように。
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