妊娠中に縁切りされた女

妊娠初期「子どもをおろして別れたい」と夫から突然言われた女。

何を言われているのかを理解することが出来なかった。

女は、約10カ月不妊治療のため病院に通っていた。

腹腔鏡手術を経てようやく授かった命。

その言葉を吐いたまま、顔をあげようとしない夫に返す言葉がなかった。

 

それでも、おなかに少しの傷をつけてまでようやく授かった命を諦める理由などなかった。

話合いの末「俺は人をあやめることはできない。産んでやり直したい」と夫からの言葉があった。

その表現に、違和感を覚えながらもそれを信じる以外の選択はなかった。

 

当初の予定通り、女は里帰り出産をした。

里帰り中、夫とはほぼ毎日電話で話した。

「立会出産したい」

そんなことを言うようになっていた。

コロナ禍だったため、それは叶うことはなかったが。

 

女は夫から常日頃から

「口が悪い」と言われていた。

毎日の電話では、そういわれないようにかなり気を遣って話した。

1日たった30分が、とても緊張の時間だった。

産婦人科では、ピリッとした空気が漂っていた。

コロナ禍の影響なのか、普段からそうなのか、初産だった女には分からなかった。

本当はその話も聞いてほしいと思っていた。

でも、そういった話を「愚痴」と受け取る夫。

今の夫婦関係の中、それを話すことは「終わり」を意味していた。

耐え続けた末での出産で、この結婚生活に対しての期待は失われていた。

それでも、子どもの父親を取り上げるわけにはいかないと取り繕い続けた。

「子はかすがい、という言葉が俺は大嫌いなんだ」

後に、そう叫ばれるとは思いもせずに。

 


 

自宅に戻り、ふとテレビ台を見ると、見たことのない「お札」が置かれていた。

女は、部屋の様子が多少変わってもそれに気が付くタイプではない。

その札も、部屋の一部として見逃しそうな場所に存在していた。

ただ、そこにあるだけのお札はなんとなく異様な空気感だった。

 

触れていいものか迷ったが、恐る恐る「これ、どうしたの?」と聞いてみた。

「安産祈願」という言葉を、どこかで期待するように。

 

返ってきた言葉に、打ち砕かれた。

「あ、それ?友人と縁切り神社に行ってお祓いしてもらってきた。

そこに置いておくといいって言われたんだ。」

そんなことなら、妊娠中あんなに我慢しなければよかった。

その言葉に対して、一番の感想はそれだった。

そしてその次に、

「私、祓われたんだな。」

そう思った。

 

女はその関係の意味のなさを嘆く場所も見つからないまま、笑いが止まらなくなった。

そして「どうやってひとりで育てていこう」その想いだけが、女を突き動かした。

 

何を諦めても子どもの責任だけは追及し続け、離婚は成立した。

「捨てられた女」というレッテルを自分で貼り付けたまま、

それでも今日も、「どう生きるか」を考え続けている。

 

 

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この記事を書いた人

出来事と思考の断片を言葉にしている。
実体験をもとにした物語を連載中。

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