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連載もの

妻から妊娠したと報告された、その日。
それまでの結婚生活に、急に息苦しさを感じるようになった男がいた。
「子どもが産まれてしまえば、このまま一生我慢を強いられる人生になる。
後に引き返すことはできない。」
その未来は、圧迫されていて窮屈にしか見えない。
そうなればきっと、「自分の人生」を生きることはできなくなる。
そう思った。
その想いを2週間ほど抱えたある日、男は妻に
「子どもをおろして別れたい」
と言った。
取り返しがつかないことも、関係を自ら壊したことも分かっていた。
何も言わずにうつむく妻の姿が、男を余計に追い詰めた。
そしてその姿は皮肉にも、
「この先、こんな妻と一緒にいれば窮屈に違いない」
という考えを決定づけた。
妻は「別れる気はない」と言い残し、予定通り里帰り出産の準備を始めた。
そして妻の実家へ見送った男は「縁切り神社」を訪れた。
友人がすすめする有名な神社。
ちょうど友人も「縁を切りたい人がいる」というので一緒にお祓いをした。
「妻とは別れる運命だから。」
「別れない」と言う妻は頑なになっているだけだ。
そう自分に言い聞かせ、別れることでしか自分は幸せになれないと思い込んだ。
自分がそう決めたわけではない、そうなる流れだと信じたかったのかもしれない
帰りにお札を受け取り、それを「リビングに飾ると良い」と言われてその通りにした。
出産を終えた妻は、そのお札を見つけてそのことについて聞いてきた。
「あ、それ友人と縁切り神社に行ってきたんだ。」
そういった後の妻のゆがんだ顔を覚えている。
その顔が、終わりの合図を伝えているように見えた。
お互い何も言わないまま、時計の音だけが時間の流れを教えてくれた。
約二カ月後に別居をはじめ、それから約一年後に離婚が成立した。
一緒に神社へ行った友人ともそれきりで会うことも連絡を取り合うこともない。
友人がその後どうなったのかは、知らない。
男は望んだとおりに、妻との縁を切ることができた。
その代わりに、会えない子どもへの養育費の支払いだけがこの先長く残り続ける。
男は離婚後ほとんど間をあけることなく再婚し、その妻との間には数人の子どもがいる。
元妻との縁は切れて、晴れて自由になれた。
幸せな家族の中にいる。
「息苦しさも我慢もない」と思うことでしか保てない今があるかもしれない。
人との縁を切ることはできても、
自身の選択からは逃げられないことを知るのはまだ先の話。
手に入れたものと、失ったもの。
そのつり合いを見ないために、男は今日も今の家族を大切にしている。
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