出産後NICU入院を経て退院し、ようやく家族で日常を過ごすことができると安心した矢先に離婚を突き付けられる。里帰り出産から自宅へ戻るも、実家へトンボ帰り→約2カ月連絡がないまま実家で過ごし、その後引越しのため自宅で約2カ月過ごす。
無事に調停を終えて、離婚届提出へ。
詳しくは、ぜひvol.1からご覧ください
調停成立後、調停調書謄本の完成の連絡を受けてまた裁判所を訪れた。
本来なら、調停申し立て人が離婚届を提出することが一般的。
私の場合は子どもを引き取った後、姓を戻す予定だったので私が提出する流れにしてもらった。
書類を受け取ったその足で、区役所へ行き離婚届を提出した。
裁判所へ向かったのは朝。
距離があったので、区役所に着くころには昼前になっていた。
「離婚届提出だけ」だと特に何も考えずに行くと、想像以上の手続きの多さに驚いた。
職員さんの指示のもと、区役所で書く離婚届。
自分の情報だけが書かれたまま提出するそれを見て
「これはドラマでは見たことがないぞ」
と心で笑ったことを覚えている。
そもそも、調停離婚でも離婚届を書いて提出するとは考えもしなかった。
シングルマザーへの支援制度などの説明もしてくれたこともあり、帰宅する頃には16時を回ろうとしていた。
相手の扶養に入っていた私は、国保への加入のため元夫に連絡しないといけないことが分かった。
離婚成立したことを連絡はする予定がなかったが、保険証の連絡のついでにすることにした。
この頃には、相手の名前を見るだけでおなかの調子を崩すようになっていた。
満を持してトーク画面を開けば、相手への伝わり方を配慮しすぎて簡単に1時間が過ぎる。
「離婚成立」「保険証の話」たったこれだけの話題でさえ。
離婚届提出から約20日後、ようやく私の新しい戸籍に息子が入り、息子と同じ姓になった。
そして気が付いた。
息子が「54画」と多めの総画数になったことに。
そして、姓名判断的にはあまり良くないということに。
「画数見て名前決めたのに、全く意味なかった」
そう思い、姓名判断について考えることはそれ以降ない。
そして書類を書くたびに「画数多いな」とプチ苦労する。
そのほか免許証やクレジットカード、通帳など自分とこどもの名義変更をしてひと通り手続きを終わらせた。
ひと段落ついたときようやく保育園への入園を考え始めた。
私が住む地域は、新しい家やマンションが増え続けている地域で子どもの数も多い。
そのため、2歳になろうとする息子が入ろうとすると空きが全くなかった。
時期的に、一番空きが増える4月を狙って応募しておくのが良いと言われ、
待機児童が少ない園にしぼっていくつか希望を出した。
そして無事、4月から小規模保育園への入園が決まった。
その頃、子育て支援センターの親子ふれあいルームに通っていた私はそのことを職員さんに伝えた。
すると、
「小規模保育園は、ひとりひとりに丁寧に見てくれるところがいいところだから、とってもいいところですよ」
と教えてくれて、楽しみになったことを覚えている。
こうして、私の離婚騒動は終わりを迎えた。
別居を始めた日、もっと不安で押しつぶされそうになると思っていた。
離婚届を提出した日、もっと爽快な気持ちになると思っていた。
でもそれらは起きた出来事を中心として、ただ日常として流れ続けた。
「終わった」というより、「はじめから終わっていたことにカタをつけた」という感覚に近かった。
振り返れば、相手のストーリーに巻き込まれたような気持ちになる。
だからこそ、余計に「私の結婚生活って一体何だったのだろう」と思うときがある。
離婚前は「即再婚して幸せになってやる」と思っていたのに
離婚成立してからは「結婚なんて二度としない」と価値観が変わった。
それはきっと、子どもがもたらしてくれる幸せに気が付くことができたから。
「父親がいない」こと以外、私たちふたりには、ちゃんと家族としての生活がある。
そのことを今日も、当たり前に感じながら生きている。
離婚へのカウントダウン 全10話 完/天根 慈
ご挨拶
最後まで読んでくださりありがとうございました。
この後は、シングルマザー うつ病編を予定しています。
少しずつ書いていきますので、お楽しみに。
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その他、短編なども公開していますのでぜひご覧ください。
それでは引き続き、天根 慈の世界観をお楽しみください。


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