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連載もの

調停の日の朝、痛む胃にぬるま湯を流し込んだ。
久しぶりの黒いジャケットに袖を通し、髪を一つにまとめて最終チェック。
息子を実家で見送り、裁判所へ向かった。
待合室で待つ間に分かったことは、職員以外は予想外にみんなラフな格好をしていること。
部屋に呼ばれたのは、相手のはじめの主張が終わったあとだった。
静かすぎて「しーん」という音が聞こえてきそうなほど無機質な部屋。
そこに、男性と女性の二人が座っていた。
身分証明をしたあと、私の主張をした。
1回目は、婚姻費用調停。
相手は「経済的に苦しい」と主張していた。
でもそこには、相手が自ら裁判所へ提出した、相手の文字で詳細に書かれた内訳表があった。
調停員が「念書」と呼ぶそれのおかげで、「これがあるからね…」と元々決めていた金額を元に調整がおこなわれた。
あらかた金額が決まり、その金額とともに「経済的に困難になった場合、減額交渉を直接してもいいか」
と調停員を通して聞かれた。
「直接交渉はできない。それなら今の時点で減らしてほしい」というと
「では一万円減らして、こちらは譲歩したということにしましょう」
と言われ、あっさりと決まった。
その時点で
「調停、話が早い!」と感激したことを覚えている。
約1カ月後にひらかれた、2回目から離婚調停が始まった。
「調停員は公平な立場だから、どちらかの味方に付くことはない。
それでも、人間だから肩入れしたくなる場合がある」とネットで読んだ。
そして調停に関する情報収集をするなかで、ひとつ決めたことがある。
「主張を一貫すること」
それは、当時の相手が一番できなかったこと。
そして、私が相手に対して出会ったときからしていたこと。
決めた!と言うほど、難しいことではなかった。
「財産分与・年金分割なし。養育費、面会は行う。
養育費決定後、減額等の場合は直接交渉はせずに都度調停を立てること」
私の主張はそれだけで、シンプルだった。
離婚から約4年たった今、面会は私が「あきらめた」かたちで行われなくなったし、減額依頼は直接何度も来た。
調停を行う中で、義母経由で子どもの学資保険に入ったことを思い出した。
証券は私が持っていた。
それをどうするのかを聞いてほしいと言うと
「悩んだ末に結局、契約をしていない」と調停員を通して伝えられた。
もう一度言うが、証券は私の手元にあった。
契約者は彼の名前。
私が直接保険会社に電話をしたところで、情報を得ることはできなかった。
その保険のお金も権利も欲しかったわけではない。
むしろ必要ないと思っていた。
「契約をしていない」というストーリーにしたいのか。
そう思い、手元の証券はその日破り捨てた。
調停では相手のターンが1時間以上あり、私のターンは20分もたたずに終わることがほとんどだった。
「私忘れられてる?」と思い、辺りをうろついたこともある。
部屋に近づくと話声が聞こえるので、そうではないことが分かり待合室に戻った。
1時間以上待ったあと、その内容が伝えられるのは10秒なんてことはザラだった。
その理由は分かっていた。
相手の詰まりはどこなのか興味があったが、聞かないことにしていた。
唯一、調停員から伝えられたのは「面会」について。
相手はずっと
「私が合わせたくないと言うなら、会わなくてもいい」
と言っていたらしい。
「会わせたくない」と言う人など存在しない。
「そうではなくて、あなたがどうしたいのかを聞きたい」
と調停員が説得を続けたことでようやくぽつりと
「会いたい」とつぶやいたと言う。
その一言を引き出すために一時間を要した。
調停の場でさえそうなのかと思うと、やってよかったと心から思った。
彼が何を思ってその呟きに至ったのかは彼にしか分からない。
「会いたい」と言ったその言葉だけを見れば、きっとそうなのだろうと思う。
ただ、これまでの言動を並べたときに
その言葉をどう受け取ればいいのか、私には最後まで分からなかった。
そしてその時に湧いた不快感と違和感を、調停員の憔悴した顔とともに飲み込んだ。
調停の決着がついた日。
帰ろうとする私を止めて、
「言いたいことはほんとうに山のようにあると思いますが、簡潔にまとめてくださりとても助かりました。」
と調停員に言われた。
その時の女性の顔が、相手の主張を聞き出すために、これまでどれだけ苦労したのかを物語っていた。
そしてその言葉にうなずく男性の眼差しもまっすぐと私をとらえていた。
それが私の予想を決定づけた。
以前、「離婚するなら調停をする」と言う私に義父は説教まじりに大反対をした。
それでも自分の意思を貫いた。
調停の場を通して出会った人たちによって、少しだけ自分の尊厳を取り戻すことができた。
こうして、約半年にわたる調停が終わった。
あとは裁判所の書類を待って離婚届を提出したあと、自分と息子の姓を変える手続きを待つだけとなった。
「ついにここまできたか」という感覚だった。
毎回裁判所から帰ってきた私に喜ぶ息子に癒され、涙をにじませた。
それがあったから、ここまで来ることができた。
その笑顔に、「この子を一生守る」と誓った。
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\ついに次回 完結!/
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