「3歳までが親孝行」と言われた日から

子どもが産まれて産院を退院した日、母に言われた。

「子どもの親孝行は3歳までという言葉があるらしいよ。」

それを聞いた私は

「なるほど、存分に親孝行を味わおうではないか」と思った。

  


     

子どもが3歳までの私はというと、モラハラと離婚問題の渦中。

「穏やかな日々」とは遠い場所にいた。

だからこそ、その「親孝行」を私は人一倍受け取ることができたように思う。

目次

心配そうにのぞき込んでくる

産後、実家から自宅へ戻り、そしてまた実家へとんぼ返りしたとき。

別居を始めたとき。

うつ病になったとき。

そしてそれが悪化してパニックを起こしたとき。

ずっと隣にいたのは息子だった。

     

抱き上げた腕の中で、まっすぐにこちらを見つめるきれいな目。

自由に動けるようになると、

様子を察知するように私の膝に手を置き、心配そうにのぞく顔。

言葉を覚えてからは、

「大丈夫?」

と添えてのぞき込む顔が常にあった。

   

「こんな母親と2人きりで、この子は大丈夫だろうか」

何度もそう思った。

でも、状況をすぐに変えることはできず、私の回復を待つ以外なかった。

    

どれだけ息子を待たせたことだろう。

それでも、息子はずっと隣にいてくれた。

「ママ大好き」をくれる毎日

「ママ、大好きだよ」

毎日その言葉を受け取った。

    

それまでに、「無償の愛」「永遠の愛」など信じたことはなかった。

そんな私の価値観を、この日々が変えた。

「無償の愛」はどこかから“湧いてくる”ものではなくて、

はじめから誰もが持って生まれてくるものなのではないだろうか。

そう思うようになった。

    

私は子どもの「純度100%の愛」をひとりで受け取り続けることができた。

    

そのことが

「子どもを一生守り続ける」

という覚悟を、日々の中で静かに育てた。

「3歳までが親孝行」から見えたこと

「3歳までが親孝行」という言葉と

「無償の愛」が私をこの場所まで連れてきてくれた。

   

妊娠中には、中絶を迫られたこともある。

でも私は子の命を1秒も諦めたことがない。

あったのは

「どう生きていこう」ずっとそれだけだった。

   

そして、幼い子どもはそれにこたえるように静かに寄り添ってくれた。

   


   

いつしか私は、息子が寝る前に

「生きててくれてありがとう」

と伝えて抱きしめるようになっていた。

そしてそれは、私たち親子の寝る前の習慣になった。

    

そしてある日、返ってきた言葉は

「生きててくれてありがとう」

     

「3歳までが親孝行」と言われた日から/天根 慈

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この記事を書いた人

出来事と思考の断片を言葉にしている。
実体験をもとにした物語を連載中。

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