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連載もの

別居が始まってからは、しばらくあわただしい日々が続いた。
引っ越し後の片付け、役所への手続き、子どもの経過観察のための通院や予防接種、弁護士相談ほか諸々をこなしながら仕事案件を探した。
お金のこともシビアに計画を立てた。
ファイナンシャルプランナーに数人相談をし、不要な保険を解約した。
子どものために必要な金額を調べ、貯める計画を立てた。
仕事は主に、静かな夜中に片付けていた。
そんな中でも、「息子の腰が据わった」「つかまり立ちができるようになった」と成長を歓んだ。
誰かに伝えたい衝動を抑えられずに、
両親に報告しては一緒に笑った。
始めのうちは夫にも写真を送ったり報告をしたりしていたが、期待する反応はなかった。
夫からも、聞いてくることはなかった。
子どもが「父親の存在を感じることができるように」という願いからだった。
後から知ったのは、私がまだ「彼に対する気持ちが大きい」から、それを断ち切るための距離だったということ。
「どこまでも、しょうもない人」だと思ったことを覚えている。
この頃の私は、同じくらいの子どもを男性が連れて歩いているのを見るだけで涙がにじんでいた。
そんな生活が続いたある日、珍しく夫からLINEで連絡がきた。
「生活費を減額してもらえませんか。こちらにも生活があります。」
それだけが書かれていた。
まるで私が勝手にそうしたかのような言いがかりに、もはや笑いがこみ上げた。
「こっちもお金が足りていない」
という内容を、ひどく遠回しに丁寧に返信をして、できる限り別居期間を引き延ばした。
そして別居から約6カ月後、彼は爆発した。
「引き延ばしもここまでか」
そう諦めた私は、「離婚調停を立てればいい」と伝えた。
そもそも私の許可など無視して調停を起こすことはできたはずなのになぜしなかったのだろう。
そう思いながら、
「婚姻費用が不服なら婚姻費用調停も離婚調停を同時に立てるといいよ。」
と、それ以外の減額は応じないことを伝えた。
その頃の私は、割と仕事が安定していた。
もらっていた婚姻費用の範囲内で生活し、仕事で得たお金は全額貯金に回した。
そのことを知らない彼は、
「早くシングルマザーになれば、手当がかなり厚いから離婚した方がいい。最悪の場合は生活保護になればいい。」と本気で言っていた。
さらには、「保険レディになればいい。子ども育てながらでも働きやすいし、何よりも給料が良い」と畑違いの仕事を勧めてきた。
この期に及んで自分の責任は一切ないという態度に、怒りを抑えることで精一杯だった。
この話を聞いて、どっちもどっちだという意見を言う人もいる。
そう思う人がいることも、分からなくはない。
ただ、少なくとも私は相手に対して激しい言葉を選んだことはないし、攻撃的な態度もとっていない。
「伝えていない事実」はひとつあったが。
彼はそのことを確かめもせずに
「働かずにお金だけ奪う守銭奴」の虚像を私に作り上げた。
ただそれだけのことだった。
そして、数か月後に送られてきた調停書類を見て、久しぶりに手が怒りで震えた。
書類の「離婚理由」の欄には、
「性格の不一致」「相手からのモラハラ」と書かれていたのだ。
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