離婚へのカウントダウン vol.6 ―家族 “ごっこ”―

これまでのあらすじ

出産後NICU入院を経て退院し、ようやく家族で日常を過ごすことができると安心した矢先に離婚を突き付けられる。里帰り出産から自宅へ戻るも、実家へトンボ帰りすることとなりそれから約2カ月夫はひとり「自分探し」を始める。

生活費も入れてくれない中、私への悪口だけが書かれたLINEが届き…。

詳しくは、ぜひvol.1からご覧ください

『仕事の都合』で連絡が取れなかったと言う夫に、私の両親へ状況を説明してほしいと連絡をした。

その数日後に実家へ来た夫は、細々とした声で歯切れ悪く言い訳を並べた。

終わりも要点も見えない話。空気を壊したのは母だった。

仕事が忙しい理由の出張先は、聞きなじみのない国名だった。

「その国っていうのは、アフリカ辺りの国?」

その言葉に夫はこれまでの態度が嘘のように、水を得た魚のように目を輝かせて饒舌に語り始めた。

空気は一変したが、夫だけが話しているという異様な空間であることは変わりなかった。

母に「なんで分かったの?知っている国なの?」と聞くと、「国名の響きがそのあたりっぽいから」と答えた。

それに対して「さすが、地図見ることが趣味なだけあるね」と返した頃には、夫は大切な人を失ったお葬式の帰り道のような顔をしてうつむいていた。


その日に分かったことは、彼が仕事でたまに海外へ行っていることと、2週間後にまた私の実家にきて家族で自宅へ帰るつもりだということだった。

たったそれだけのことが、2~3時間かけて分かった。

帰宅後、父から「あいつは一体何を言っていたの?」と聞かれたので、私も頭をひねりながら「それは誰にも分からないよ」と言い、両親も私も静かに笑った。

そして、自宅へ帰る日が来てまた私たちは気まずい車内を長時間過ごすこととなった。

送迎を頑なにしたがる理由も分からなかった。


帰宅後すぐに「来月には引っ越してほしい」と言い出した。

随分と勝手な言い分だと思ったが、特に一緒にいる理由もなかった。

引っ越し先の入居時期の都合もあり、結局それから約2か月後に引越すこととなった。

引っ越し先は実家近くの県外だったため、内見はリモートでおこなった。

何故か夫は隣で一緒に内見をして「リモート内見楽しい♪」と上機嫌。

積極的に質問をしていたが、自分は住まないのにそれを聞いてどうするのだろう、と不思議で仕方がなかった。

不思議なことと言えば、ほかにもいくつかあった。

毎日を引越し準備とこどもの世話をする中で、必ず毎週土日は3人で出かけた。

子どもと触れ合いたいとか、思い出を作っておきたいとか、少しは申し訳ないと思っているのか、思いつく理由はいくつかあった。

でも私からすると「それなら子どもを連れてひとりで行ってくれたらいいのに」と思っていた。

私は子どもを産んでからそれまで、ひとりの時間を少しも過ごしたことがなかった。

ハッキリとそのことを伝えれば「口が悪い」「ひどい」「言い方が悪い」などと言われる。

ふわっと言うと、死んだ魚の目をして無視される。

それ以上言ってまた発狂されるのも面倒。

私は、彼がやりたいようにやっていることに従う以外なかったし、今でもどうするのが最適解だったのかが分からない。

だからきっと、この時の私の選択は間違えてはいないのだと思うことにしている。


理解しがたいことはまだある。

行きつけのお店の店員さんに「引越しの挨拶に行く」と息子を連れて出ようとしたとき「俺も行く」と言い出した。それまで何度その店の話をしてもそんなこと言うことはなかった。

店で店員さんといつものように話していると、私の隣に立ち「夫です。」と一言挨拶をした。

私も店員さんも固まった後、店員さんが愛想よく「はじめまして」と笑ってくれた。

彼は一体、何がしたかったのだろう。

またある時、離婚成立までの婚姻費用を決めた。

夫は「職場の人から借りてきた」と手に持った本に沿って細かく家賃・光熱費・養育費・交際費…と書き出し始めた。

婚姻費用に養育費は含まれるのでは…?と思ったものの、「くれるならいいか」とそのままにしておいた。

そして算出した額は、一緒に生活しているときよりもはるかに大きくなった。

「大丈夫なの?」と思ったが「くれると言うのだからいいか」とまた言葉を心にしまうことにした。

案の定、別居して3か月後も立たぬうちに怒りの連絡が来ることとなったときは「だろうね」と笑った。


こうして最初で最後の「家族3人」の生活は終わった。

たった2カ月だったが、私にとっては奇妙で気味の悪い時間だった。


そして最後の日。

夫は私の引越しを手伝い、引越先の周囲の住人のためにその地区の指定ゴミ袋を準備して、3人であいさつ回りをした。

引越し業者が荷物を降ろした後も、夫は中々自宅へ帰ろうとしなかった。

ご近所への挨拶をすませ、なぜか当面必要な日用品を購入し私と息子の新居で昼寝をした。

私は子どもを連れて、実家へ顔を出した。

ゆで卵があったので、黄身を初めて食べさせてみるとおいしそうに喜んでくれてホッとした。

お風呂も入らせてもらい、新居に帰ったのは夕方ごろだった。

夫はまだ家にいて、私の呼び鈴で目覚めたような顔をしていた。

換気扇の下にはタバコがあった。

室内での喫煙は禁止の物件。見つかれば、家賃一カ月分の退去費用がかかる。

夫もそのことは知っていた。

「これは最後の嫌がらせだろうか?」

そう思いながら、早く帰ってくれと祈った。


夫が家を出たのは、子どもも寝静まった23時をまわったころ。

布団に眠る息子の頭をなで、ようやく家をあとにした。

最後までよくわからない人だと思いながら見送った。

そして、そこに残っていた空気を消すように、窓を開け換気扇を回した。

夜の静かでツンとした空気が部屋に入り、安心した。

なぜか止まらない涙をぬぐいもせず、眠くなるまで部屋の片づけをした。

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この記事を書いた人

出来事と思考の断片を言葉にしている。
実体験をもとにした物語を連載中。

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