笑いのツボ

「あなたの笑いのツボが分からない」

そういわれることがこれまでの人生多かった。

これからもきっとそう。

最近、その理由が分かった。

理由が分かったから私はまた私を好きになった。

そしてこれからも、そう言い切ったうえでそれでいいと感じている自分も好き。

私はこれまで、笑いのツボが合う人と解決なしに目があった瞬間「だよね」と笑い合える相手を求めていたような気がする。

目次

カップラーメンのスープ

友人宅で「小腹がすいた」というと、友人がストックしていたカップラーメンを差し出してくれた。

私はカップラーメンをあけ、スープの袋の端を持ちいつものように振ってスープを片方に寄せて開けようとした。

スープの袋を振った瞬間、いつもよりも激しくなったことに「しまった!」と思い恥ずかしさを感じた。

そしてその瞬間、友人と目が合いふたりで爆笑をした。

二人は「激しくない?」「だよね、へへへ」の会話を目だけで完結させた。

その場にいたもう一人の友人は「え?何が?」と不思議な顔をした。

言葉を発しない空間で起きた笑いに私は更なる笑いに導かれた。

カップラーメンのスープ事件から見えたこと

私たちはひとしきり笑った後、友人へのフォローも説明もしなかった。

言葉の説明で伝わる笑いではなかったこと、話したところで大して面白くないことを知っていた。

もう一人の友人はそのことについて追及せず、「2人相性良すぎ」の言葉で完結した。

私たちの関係は、それで成立していた。

その場の空気感の笑いを共有できる相手。

その1秒にも満たない瞬間の笑い。

その瞬間を誰かと見つけるために、今日も生きる。

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この記事を書いた人

出来事と思考の断片を言葉にしている。
実体験をもとにした物語を連載中。

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