子どもを授かった女性はその子がおなかの中にいるときに「慈」と名付けた。
「慈」は産まれてくることが出来なかった。
でも、天に帰ることもできず行くあてもなくさまよった。
それからしばらくたち、女性はまた命を授かった。
無事産まれたその子を「聡」と名付けた。
ちょうどそのころ、さまよっていた慈は小さな空洞を見つけ、そこをすみかとした。
どこにも居場所がなく孤独だった中での、突然の居心地のいい空間。
そこから出る理由などなく、慈はごく自然にその場におさまり、そこで生きていくことにした。
それから数十年たったある日。
慈は突然居場所を失った。
そして何が起きているか分からないまま、押し出されてしまったのだ。
放り出された慈が、久しぶりに見た景色は、それまで見たことのない、ありえないのに美しい風景。
天から生えた太い幹が、地に向かって伸びていたのだ。
天から地へ続くその幹は、驚くほど深く根付いていた。
その幹には主がいて、それは聡だった。
そこに枝葉はまだついていない。
慈はさまよっていた理由とそれまでいた場所を悟った。
そして時がきたことで、この場所に立たされているのだと思った。
聡は静かに、ずっと準備を進めていたのだ。
そして「ようやくこの日が来た」と悟った顔の慈に向かって微笑んだ。
自分の使命を受け取った慈は、天に根ざすその光景から「天根」という姓を持つことにした。
そして「天根 慈」とあらため、その使命を果たすため世界を駆け巡り始めた。
その足取りは、もう彷徨いではなく
確かで、強い大きな一歩だった。


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